2016年はHIROSHIMAの年!

もうじき、2016年も終わりを迎えようとしている。

YAHOOや各紙新聞、またニュースにおいて本年を起きた出来事を振り返る特集が組まれている。

今年は世の中で色々なことが起きた中で、私があえて取り上げたいのは二つのニュースである。

一つは、今年の5月27日にオバマ大統領がアメリカ大統領として初となる広島訪問が実現したことだ。

原子爆弾を唯一使用した国であり、更に広島・長崎を焦土と化した国である一国の大統領の訪問。

これは、今年で71年を迎え高齢化している被爆者の方々をはじめ日本人が願ってきた出来事であった。

この場でオバマ大統領に謝罪を求めたわけではなかった。

しかし、原爆資料館を訪れ、また被爆者と懇談することによって被爆の実相を知ってもらうことが重要であった。

オバマ大統領は明年の1月で大統領の任期を終えることになるが、黒人初のアメリカ大統領となったオバマ大統領は「yes we can」(我々はできる!)を合言葉にスタートした。

2015年7月1日にキューバを訪れ、今年の11月25日に逝去したカストロ氏と親書を交わし、アメリカとキューバは54年ぶりに国交の回復を実現を果たした。

その中にあって2009年4月5日にチェコの首都プラハでこのような演説をした。(プラハ発言)

「米国は、核兵器のない世界の平和と安全を追求するのだと。私は、甘い考えを持ってはいない。この目標は、直ちに達成される訳ではない――恐らく、私の生きている間は無理であろう。この目標を達成するには、根気と忍耐が必要である。だが我々は今、世界は変わり得ないという声を気にしてはならない。「我々はできる (Yes, we can)」と主張せねばならないのである。

(省略)

そして核保有国として――核兵器を使用したことのある唯一の核保有国として――、合衆国には行動する道義的責任がある。我々は単独ではこの取り組みを成し遂げられないが、それを主導し、開始することはできる」と。

ここから「核なき世界」を目指した潮流は全世界にいやを増して巻き起こっていった。

世界は今年大きく動き出した。

平和の旗印・発信地たる広島にG7が訪れ献花を行い「広島宣言」を行った。

そして、5月27日。

遂にその時は到来した。

オバマ大統領を載せた車が原爆ドームに向かって広島の平和通りを駆け抜けていく。

この地は72年前この世の地獄、惨状と化した地であった。

そして、平和資料館を見学し、平和記念公園において「核兵器が無くなるまで消えることが無い」という火が灯る、原爆死没者慰霊碑に献花を行い、原爆ドームを背に広島の地でスピーチを全世界に向かって発信した。

「71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。そして人類が自らを滅ぼす手段を持ったことを明示した。

(省略)

 この空に立ち上ったきのこ雲の姿は、人間性の中心にある矛盾を最も鮮明に想起させる。

(省略)

私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。われわれは声なき叫びに耳を傾ける。あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。

(省略)

 いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。その記憶が私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。その記憶が私たちに変化を促してくれる。

(省略)

 世界はここで永遠に変わってしまった。しかしきょう、この街の子供たちは平和に一日を過ごすだろう。それは何と貴重なことか。それは守るに値することであり、全ての子供がそうあるべきだ。これこそわれわれが選択できる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ」と。

まさに、オバマ大統領は平和原点・発信の地広島で、平和の旗印原爆ドームで、被爆者の前で“核なき世界”への決意を改めて宣言したのである。

安倍首相が真珠湾に訪れるという話も今進んでいるようで、安倍首相とオバマ大統領が語ったように日米の絆は「希望の同盟」となったのだとも確信したい。

なかんずく「広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ」との大声明が広島の地で放たれた2016年と言う年は誠に世界史に残る年となったことだろう。

広島から世界へ平和の潮流へ!核なき世界に向かって!

いやを増して前進しゆくことを念願したい。